いつも東京にいくとお世話になっている従兄弟・てっちゃん(36)が岐阜にやってきた。その前にいろいろな打ち合わせが織り成し、従兄弟私と、母の姉の名古屋の叔母とご飯を食べる事になった。母方の親族ということです。うちの母親は4人兄弟。女女男女の末っ子で、てっちゃん=長女の長男、名古屋の叔母=次女、私=末っ子(母)の長女…という、世にも奇妙な組み合わせで、思わず前日母親に「この組み合わせって一体…」と問いかけてしまうぐらい、どんな日になるか想像がつかなかったよ。
従兄弟はムーンライトながらで東海地方入りし、所用をすませて私と3時に大垣で落ち合った。従兄弟は、いつもニコニコ誰にでも受け答えのよい人柄で、一緒に居て楽しい。ケーキをつつきながらお話し、高速にのり名古屋は本山まで行き、私のお気に入りのお店みずいろさんとシマウマ書房さんに行きました。おばさんとの約束が迫っていたので、従兄弟には落ち着かない行動をさせてしまったよ、ごめんね。
本山から叔母の家のある名東区まで行き、3人で焼き鳥屋さんでご飯を頂きました。この組み合わせは一体なんなんだろう…?とは思いつつも、叔母や従兄弟との楽しい話や難しい話、この先の話、叔母の子育ての話、叔母から見た私たちの母親(叔母の姉妹)の話…。
正直親戚間の顔合わせなんかは、高校生あたりは恥ずかしくて行きたくなかったし、上手く話す事も出来ずにわずわらしい…と思う事が多かった。でもこの短い時間で、私は自分の血縁関係の繋がりや、深さを知った。私も大人になったということでしょうか。いや…血縁とか親戚とか、これからの将来の事とか、大事な事柄から目を背ける事ができない年になったということか。
母親の三姉妹は、小さい頃は同じ家で育ち同じように年を重ねてきたけれども、今となれば三人とも行き方が全然違うし、これからもっともっと別の道を歩むだろう。(特に母親と一番上のお姉さん=てっちゃんのお母さんは9つも年齢が離れているのだ。)
母親は、私にとっては産まれたときから既に母親で、一人の人間なんだと感じたのは、本当にここ数年の間。母親の昔の苦労話を聴いたその時からぐらい。そのことで一時期心配したり、もう少し母親が楽できたんじゃないんだろうか…と思う事もよくあった。でも叔母の話を聞き、誰もが楽に過ごしてきているわけじゃないんだよね…。
叔母は本当に素敵なもてなしをしてくださった。私たちにとても丁寧に気を使ってくださって、おいしいご飯、美味しいお茶や果物、ケーキをごちそうしてくださって、そしてお土産まで持たせてくださった!本当に嬉しかった。
気配りがきちんと出来る叔母は素敵だと思った。(そして私の母親の、えー、お母さんそれはやりすぎだよ!というぐらいの気配りも、大事なんだなと知った)
従兄弟がムーンライトながらで再び東京まで帰るというので(なんたるバイタリティ)叔母家を23時にお邪魔して、名駅まで送って行った。
昼とは打って変わって、空いていて見通しのいい広小路通を走っている途中、
今日一日で色々思ったであろう従兄弟が放った言葉が印象的だった。
「いやあ、人生って偶然ってのは無くて、すべて必然なんだね。」
今まで自分に起きた事はすべて自分の選択肢の末の必然だったのか。
よく「〜だったら〜かもしれない」「ああすればよかった、どうしてできなかったのか」と思いがちな私には、とても深みのある言葉だった。
私もちょっと前の昔、少しだけだけれど色々ありました。
それが必然だったのかどうかは自分ではまだ上手く消化することが出来ない。
でも、これから更に苦楽、いろんなことや人に出会うでしょう。
自分は一人で生きているわけではない。常に誰かと繋がっている。
将来が明るいかどうかわからないと常に考えている私にとって、
今日一日の短い時間は大きな糧になった。
少し先が、ちょっとだけ楽しみになりました。